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根室金刀比羅神社例大祭

裏のあとがき


 よくここまでたどり着きましたね

あえて入り口を分かりにくくしていました

地元の単純な悪口だと 誤解されたくなかったからです




時間をおいてからでなければ

話せなかったこと

耳に心地よい話ではないから

祭り後に時間が必要だった

望郷の念と勃興の望みを込めて
ここであえて批判させて頂く

皇紀2669年10月21日


裏の裏なら

表になるではないかと・・・?

じつはそれが狙い

本音が一人歩きして

表へ出て

本当はみなさんに聞いて欲しい話なのだ

皇紀2670年8月19日 追記



秋
2669

滞在中に訪れた馴染みの店たち
どこも10年以上,いや20年以上もこの地で商売を営んでいる飲食店

もてなす心意気に難ありと思い
ここに記します

どうか勘違いしないでほしい
あくまでも望みを託した建設的な感想だ
「だったら自分でやれよ」という筋の違った言葉は容赦願いたい


炭火を使った本格的な焼き鳥がおいしい店
親に連れられてよく来た
相変わらずボリュウムの狂った街宣客がいて騒がしいが
これがまた主張する街“根室”なのだろうと気にしないようにしていた

焼き手はいつものママ
煙に巻かれてしかめっ面で焼く,焼く,焼く
暑い夏にご苦労だ

見ていると焼き続けるが一向に串を返さない
ジュウジュウバチバチ
脂が焼ける音が響くがそのまま焼きっぱなし
おまけに霧吹きもない
温度と湿度の調整に不可欠だろうに

しばらくして
カラカラに干せて焼きすぎた肉が出てきた
ハサミで焦げ目の処理もしていなく
黒と白の硬い塊になっている
歯ごたえと言えばお慰み
硬くて安い肉片だ

せっかく鮮度の良い肉だっただろう
料理人はおいしい料理をだす職人ではない
食材の特徴を活かした料理を出す職人だ
芸術性が必ず備わっており
意気込みがスパイスされているべきなのだ

お祭と言えば根室でここ一番の繁忙期だ
普段は不慣れな手つきに加えて
助っ人要因にアルバイトを雇うだろう

そのスタッフたちを滞りなく動かすことも
店主としての必要な力量だ

この店のスタッフは
ただ客の注文に走り回っているだけで
商いの船がちっとも進まない

ビールを作る中の仕事も
注文を取る外の仕事も
すべて一人でやるからだ

役割分担が必要で
中仕事の担当と外仕事の担当に分けなければ
すれ違うこともできない狭い通路をただバタバタ走って
時間を浪費するだけなのだ

親方はこの状況が現れたらすぐに指揮しながら
バランスをとらなければならないのに
あいかわらずしかめっ面で焼き鳥をやくばかり
次第に深くなる眉間のシワは
商いにとってももちろんのこと
店内の雰囲気にも不利益はあっても利益は皆無だ

いくら忙しくても
お祭のイベントでおおよその入店予想はつくはずだ
儲けの勘定ばかりではなく
客の心理の勘定も怠ってはならない

金刀比羅神社の例大社祭というイベントは
一時的に市内の人口を2倍にはするのではないか

地元の方々へはもちろんのこと
普段は市外にいる方々へのアピールとして絶好の機会なのだ
まして市外客と言えども
元は根室出身者が大方だろう

懐かしい思いで店を訪れるに違いない
そんな懐古の想いに堪えられる商いを
どうか実践して頂きたい


こちらは根室を代表する老舗の炉端店
医師団や経済界
地方議員や芸能人も多く訪れる店だ

忙しい店内も難なく処理するスタッフはさすがに余裕を感じる
表情も柔らかく
ここにはどんな客人をお連れしても安心だ

しかしこの日は
いやもしかしたらいつもそうなのかもしれないが
落胆してしまう日だった

どうやら板場の処理と仕入の不手際だろう
注文してもなかなか出てこないのだ
店内を見渡すと全体の3割ほどの充足率
まだまだ余裕があるはずだ
炉端にはまだ何も焼かれていないし
ビールサーバーも全然稼働していない
なのに一品が出てくるまで40分かかる
調理の必要がない単品を御願いしたのに

結局品切れだったのだが
その告知が,注文してから30分経ってからなされた
これには開いた口がふさがらない

さぞ他に大口で優先されるべき大切な客がいるのだろう
しかし
お祭は毎年同じ日時で決まっている
去年も今年も来年も
毎年狂いなく計画通りの3日間なのだよ

イレギュラーがあったとしてもそれは想定の範囲内としなければならない
注文が店の許容を越えることと
店が客の許容に合わせていないのでは
大きく話が違う



2670

ある人が言った

根室は考え方が狭くてだめ


外の世界をたくさん経験したから

根室の低次元な考え方に不満があるそうだ


でも人間関係が濃すぎて

思うように動けない


だから

もうあきらめたと


なるほどそうだろう

経験した者に勝てるわけがない

多くを経験して見聞きした者には敵わない


私も同じような考え方だった

つい最近までは

実績に長けていて

知識と経験こそ地域発展の要だと思っていた


しかし今はこう考える

根室は必要にしてこうなった

なるべくして今,こうなのである


それは必然なのだ

より新しいものがあっても

より良いものがあっても

それは知っているのだ

しかし周囲の目が気になる

変化が怖い

原動力が湧かない


しかしそれは

そう

必要にしてそうなのだ

それが

正しく選択されているということなのだ


取捨選択され

淘汰され

偶然が重なり



根室はこうなのだ


凡手は妙手に勝る

平凡こそ

究極で最善の選択であると

思ってみたのだ



冬